ヤケド病棟

「トオル!熱傷病棟に行ってきて!人が足りないんだよ!!」

教授に言われたら行かざるを得ない。
熱傷?ヤケド?

「おれに惚れたらヤケドするぜ」

などと言う機会がないくらい、日本男児の国外でのパフォーマンスは落ちるが、
それはともかく、ここケープタウンにはやたら熱傷患者が多い。
1ヶ月という期間限定で、外科を離れてヤケド専門病棟に配属されることになった。

だいたいが熱湯によるヤケド。
でも火によるヤケドもそれなりにいる。

ヤケドの原因で重症度がだいぶ変わってくる。
皮膚のどのくらいの深さまで損傷が及ぶかがポイントで、
お湯による熱傷は浅いことが多いけど、
火を直接受けた熱傷は、皮膚移植などの手術が必要になることが多い。

体表面積10%以上が入院の適応で、
毎日必ず数人は入院する。
30%以上になるとICUに直接入院になるが、
それも数日に1人は必ずいる。

なんでこんなに多いのか。

話を聞くと、お湯の場合は、給湯ポットに足を引っかけたとか、不注意系が大半。
おそらく狭い家の中に子供たちが走り回っていて、
ひょんなことからお湯をこぼしてしまうのだろう。

やっかいなのは火を浴びてのヤケド。
タウンシップなどの貧しい黒人の居住区では、生活の中でたき火をよくする。
だから火事も多い。
「10棟全焼の火事発生」なんていうニュースはザラだ。

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熱傷患者のためだけの病棟があって、
そこには、日本ではうらやましいくらいの洗浄設備が整っている。

手術室にも熱傷処置のための部屋がある。

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熱傷患者の治療で怖いのは、皮膚の処置じゃない。
熱傷が原因で命を落とす可能性があるということだ。
ヤケドの範囲が広ければ広いほど、脱水や低体温、感染などのリスクがあがる。
全身管理がとっても重要になる。

病棟には、70%、80%熱傷なんて患児がいる。
こういう子供たちが生存しているのがすごい。
その一方で、20%や30%といった熱傷でも、
初期治療がうまくいかず、命を落としている子供たちがいる。

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10%のFlame burn、火による熱傷の8歳女児が運ばれてきた。
自宅が火事に遭って、家にいる弟2人を助けようとしたときに、
右手と両足にヤケドを負った。
幸い熱傷の程度はそれほどひどくはなく、待機的な処置で一般病棟に入院した。
しっかり目を合わせて、どんな状況だったか教えてくれた。
ちょっと話しただけで、賢い子なんだなっていうのがわかる。

付き添っているのは両親じゃない。
おばあちゃんと、お姉さんという若い女性だった。
病室を出て、お姉さんにも詳しく話を聞いた。

「この子の目の前で、2人の弟は亡くなったんです」

悲しすぎる。この現実に、この子は耐えられるのか。

数日後、付き添っているおばあちゃんと一緒に、
慣れない左手で、塗り絵をしている彼女に会った。
ご両親は弟たちの葬式の準備で、まだ病院に一度も来られていない。

「調子どう?飲んだり食べたりはできてるかな?」

相変わらずまっすぐ自分の目を見て答えてくる。
医学的な質問はできる。他になにか話さなきゃ。
でもどんな質問も、彼女を傷つける気がしてなにも思いつかない。
カルテを書きながら必死になにを話そうか考えた。

「あのさ・・・」

やっと顔を上げたとき、彼女は目を閉じてすやすやと眠っていた。