肝と腎の移植

「明日、移植入ったから!できる手術は今夜のうちにやっておこう」

通常は夜中0時を過ぎたら、よっぽど緊急じゃない限り手術はしないことにしている。
夜は人が少なかったり、医療者の集中力が落ちたりして、
安全性が保たれにくいからだ。

でも今日だけは違う。
明日は、肝移植、腎移植を同時に行うことになったため、
できる手術はなるべく夜間のうちに終わらせておく方針となった。
朝4時までに2件の虫垂炎の手術を終えた。

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朝8時、移植のために3つの手術室が開かれた。
ドナーは12歳の男の子。
QT延長症候群という不整脈を持っており、突然死したらしい。
その子から、肝臓と二つの腎臓を別の子どもたちに移植する手術が行われた。
他にも角膜や皮膚なども移植臓器として摘出される。

このときばかりは成人病院の移植外科医も集まった。
当院の小児外科医も合わせ、皆が3つの部屋に散らばった。

まずドナーからの臓器摘出術。
脳死状態のため、人工呼吸器につながれた状態で、まだ脈拍や血圧は保っている。
胸骨から恥骨までバッサリと大きく皮膚切開した。
最初は肝臓摘出。
いつもは病気の人たちの手術をしているため、
この心臓以外は健康な12歳の臓器が、ものすごく美しく見える。
脳死状態だがまた血行動態は保っているため、
丁寧に血管一本一本結紮しながら、肝臓を摘出した。

臓器移植を受けるのは、胆道閉鎖症術後で肝硬変が進んだ3歳の女児。
12歳の肝臓はこの子にとって大き過ぎるので、
別のテーブルで肝臓を部分的に切除して大きさを調整し、
女の子に移植できる準備を整えた。

二つの腎臓摘出にさしかかった頃、
隣の部屋で、肝移植を受ける女児の開腹術が始まった。
この子の肝臓は変色し、表面もデコボコ。
ダメージを負った肝臓を摘出し、新たな肝臓が移植される。

二つの腎臓は、やはり先天的に腎疾患を持っていて、
内科的治療が困難になってきた子供たち2人に移植されることになった。

各臓器が摘出し終わる頃、12歳の子に対する麻酔科医の処置は終了し、
モニターはオフにされた。

なんとか各手術が無事に終了したのは、夜9時をまわる頃だった。
臓器移植は頻繁にあるわけではない。
特に肝移植は、症例数の多いここの病院でも、年に1回あるかどうかとのことだ。
それでもアフリカ大陸最南端のこの地で、
この病院がやらなければ他にできるところは限られる。
うちらがやるしかない。

移植治療にとって、手術は始まりに過ぎない。
ここから長きにわたる拒絶反応との戦いが始まる。
医療は最先端だが、患者の生活環境は貧しい。
術後ケアを満足にできるのか。
この点が、全てが整った先進国との大きな違いだ。