シエラレオネの小児外科医

シエラレオネ人の友人に紹介されたのが、
国で唯一の小児外科医だった。
朝8時30分に病院に来てくれと言う。
首都で一番大きい公立病院。
ホテルからの距離は20kmで、普通に行けば30分くらいで着く。
でも朝の渋滞があるから早めに出た方がいいんじゃないの?

「じゃあ安全策をとって、45分前に出よう」

ホテル受付のお兄さんに従って早めに出発した。
タクシーはホテル前の通りから簡単に拾えるという。

でも拾えたのは乗り合いタクシーだけ。
ギュウギュウ詰めに4人乗った後部座席の端っこに、
アジア人がチョコンと座っている。
ものすごい渋滞で全くクルマが進まない。
なんとか病院に着くまでに1時間半もかかっていた。

f:id:emboshona:20171221142202j:plain

待ち合わせ場所の会議室にたどり着いたが、朝の会議はとっくに終わっていた。
片っ端の人に話しかけて、回診中の小児外科医Dr Lebbieに出会えた。

ベッドに寝ているのは小さな赤ちゃん。
腹壁破裂と言って、腸がお腹から飛び出た状態で産まれてきた子。
昨夜搬送されてきたらしい。
でも、特になにも処置はされていない様子だ。

「君の国ではこの子は救えるだろうが、ここの国では生き残れないんだよ」

腹壁破裂は、日本を含む先進国では、生存率は9割以上。
でも貧しいアフリカ諸国では、
腹壁破裂の子に必要な栄養療法や感染コントロールができず、
1割程度しか生きられない。
とは言え、助かる見込みは少なくても、マラウィやガーナでは、治療はしていた。
救う努力はしていた。
でもここシエラレオネでは、その努力すらしない。
できない、と言う方が正しい。

手術も何もせず、看取りの方針になることを、
たった今お母さんに伝えたところだったと言う。

f:id:emboshona:20171221142229j:plain

今日は週に1日の小児外科の手術日だった。
小児外科医が一人しかいないのなら、さぞかし忙しいんだろうと思ったが、
手術日を週1日しか与えられず、この日の症例も鼡径ヘルニア2件のみ。
麻酔科医が少ないから、満足な手術ができないんだという。
夜間の緊急手術も対応してもらえない。
この小児外科医は、ケニアやケープタウンで研修を積んで、母国に帰ってきた。
知識もスキルもあるのに、手術ができない。
治療が必要な子供たちがいるのに、何もできない。

シエラレオネでは10年もの長い間内戦が続き、2002年に終結したが、
そのあともエボラ出血熱で1万人以上の死者を出した。
内戦とエボラで苦しんだこの国から、医者はどんどん海外に流出した。
そしてまだこの国の立て直しは進んでいない。

外科医はほとんどおらず、脳外科医や心臓外科医は一人もいない。
それじゃ脳出血や大動脈解離が来たらどうするんだ?

「救えないんだよ。諦めるしかないんだ。この国では」

f:id:emboshona:20171221220539j:plain

小児外科医のお宅に招いてもらった。
子供たちは3人姉弟。
ちびっ子達と遊んでいたら、高校生の一番上のお姉さんが帰ってきた。

「医学部に行きたいの」

そう話す彼女のまなざしは、一点の曇りもなく、そしてまっすぐだった。

外科手術以前に、医療制度として全く成り立っていないこの国。
この前途多難な国で、子供たちの眼の輝きが、ひとつの希望だ。