看護師寮に引っ越しました
当直の日の夜。
ようやく22時頃、臨時手術も終えて、
例のレトロなミニに乗って帰宅した。
さーてシャワーでも浴びるかと思ったら電話が鳴った。
「鼠径ヘルニアの嵌頓が治せないんだけど来てもらえる?」
再びスクラブに着替えて、かかりにくいエンジンをやっとかけて、
病院に向かった。
幸い嵌頓はすぐ戻り、臨時手術は免れた。
家に戻り、シャワーを浴びて、さーて寝ようかと思ったところにまた電話が鳴った。
「15%の熱傷患者がいて、どうしても点滴が取れないんだけど、手伝ってもらえる?」
時計は0時をまわっている。
またあのクルマに乗るのか・・・
ケープタウンに来てからずっと、
白人夫婦の家庭にホームステイさせてもらっていた。
部屋はきれいだし、夫婦はいい人だし、子どもはかわいいし、
とても気に入っていた。
でも問題は、そこそこ家賃が高いのと、
なにより当直で呼ばれる度にクルマに乗って出かけるのがしんどくなってきたことだ。
病院内に自分の席や当直室があればいいのだが、
残念ながら外科当直医のためのスペースはないので、
仕事が終われば自分の家に戻るしかない。
仲良しのガーナ人医師は、病院敷地内にある看護師寮に住んでいた。
「ここ安いしいいよ。トオルも引っ越してきたら?」
寮に住むほとんどは看護師で、医者もチラホラいる。
病院の外に住むと家賃が高く、それをまかなえない看護師や、
他のアフリカ諸国から来ている医師が住んでいる。
部屋は小さなワンルーム。
トイレやシャワー・キッチンは共同だ。
でも公共の場の清掃は毎日入るし、けっこうきれい。
なんと言っても病院から徒歩30秒というのがいい。
よしっ、引っ越すことに決めた。
住んでみると、シャワールームに虫が出たりする以外は、特に不便もなく住める。
部屋もガーナ人医師の隣だし、昼メシも食べに戻ってこられるし、
かなり快適だ。
当直明けの日の夜、突然部屋のドアをノックされた。
「ハロー?」
返事がない。
部屋を訪れる心当たりは隣のガーナ人くらいだが、彼ならなにか言うはずだ。
なんか様子がおかしい。
おそるおそるドアを開けてみると、女性が2人立っている。
「ドクター、友だちが具合悪いんだけど、診てもらっていい?」
喘息持ちらしい。
聴診器を持って同じ階の部屋に案内されるまま行ってみると、
女性が窓際で苦しそうに外の空気を吸っている。
胸の音を聴いてみると、喘鳴がひどい。
完全に喘息発作だ。
「これ使ったんだけど、もう残り少なくて・・・」
グーニーズに出てくるような吸入薬を持っているが、完全に中身が切れている。
喘息という病気は、発作が起きないように、
日頃から内服薬や吸入薬でコントロールするのが重要だ。
発作が起きると肺に負担がかかるし、
治療が遅れると危険な状態になりかねない。
「状態としては一刻も早い治療が必要ですよ。かかりつけは?」
病院は特に通っていないらしい。
こんな状態になっても、
「薬局に行って薬買ってくる」
とか言っている。
保険がなくて、ろくに病院受診できないのだ。
「とにかくここの病院のでいいから、救急に受診すべきだよ。
こども病院だけど、薬はあるはずだから」
そう言っても動こうとしない。
友人曰わく、助けを求めても邪険に扱われることが多いそうだ。
だから医者かつ外国人の自分に、なんとかしてもらいに来たんだろう。
外は雨が降っていた。
とりあえず救急に走って、救急ナースに事情を説明すると、
「その人にここに来るように伝えて」
と感じのいい対応をしてもらった。
今回はこれでいいけど、今後も同じ事態にならないように、
ちゃんとした治療を受けないと、根本的な解決にはならない。
貧しいことが、結局いろんな問題を引き起こしている。
それにしても、なんで自分の部屋を知っていたんだろう?