虫垂炎と思いきや・・・

夜中の2時、電話が鳴った。

「トオル!腹痛の子が来てるんだけど、アッペ(虫垂炎)だと思う!」

当直は卒後3年目の若手医師と一緒に行う。
非常に優秀で勤勉な人らばかりでとても助かっている。
でも外科的診断に関しては、やはり自分で診ないと心配なので、
電話だけで済ませず、患者を診に行くようにしている。

11歳女児。
昨日からの腹痛、嘔気、発熱。
体温38.8度と虫垂炎、いわゆる盲腸にしてはちょっと熱が高すぎる印象。
腹痛は右下腹部以外にも認める。
症状もあまり強くない。
典型的な虫垂炎の所見ではないなあ。

こんなとき日本なら、エコーをやったり、CTを撮ったりする。
でもここはアフリカ。
検査という検査はほとんどできない。
限られた血液検査程度。
病歴と自分が取る身体所見だけが頼りだ。

虫垂炎と断定はできないが、
家に帰したら、もう外来に来てくれないかもしれない。
入院で経過観察することにした。

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翌日、やはり右下腹痛がある。
虫垂炎は否定できない。
腹腔鏡での手術を行うことにした。

腹腔内を見てみると、炎症所見がはっきりしない虫垂が出てきた。

「うーん虫垂炎じゃないかもなあ。他に病気があるのか?」

でも虫垂摘出はしようということになった。
いつも通り、虫垂根部に糸をかけて、虫垂を切除した。
さて、メッケル憩室とか他の病気を探そうか・・・というときだった。

なんか小さいものが動いている・・・
虫だ!
虫垂を切ったところから、白くて小さい虫が次から次へと出てくる!
おそらく回虫だろう。
ものすごい数だ。
腹腔内に飛び散る前に、できるだけ吸引した。

小児の虫垂炎の原因は、便が詰まることによる糞石か、
なんらかの炎症によるリンパ節腫脹が大半を占める。
もちろんこんな回虫による虫垂炎なんて見たことがない。

同僚が話してくれた。

「結局、黒人が住んでいるところの衛生環境がひどいんだよ」

南アフリカの人口の多くは貧しい黒人で、その人らは、タウンシップと呼ばれる、
バラック小屋がぎゅうぎゅう詰めに並ぶ地域に住んでいる。
そこには水道もトイレもない。
昔の日本人が井戸に集まったように、
近所で水が得られるところにタライを持って行く。
その限られた水を使って、食事も洗濯もする。
充分に体を洗えるわけがない。
見たこともないような感染症が起きても全く不思議じゃない。

本にはこんなふうに書いてある。

「回虫は日本では駆除されたが、世界では途上国などで寄生率が高い」

まさに今、自分はその寄生率の中で医療をしている。