その検査は必要?

外科医には手術以外にも、
患者の術前術後管理という重要な仕事がある。
この患者は手術に耐えうるのか、そもそも手術が適切なのか。
術後はしっかり回復しているのか、合併症など起きていないか。
この管理に重要な位置を占めるのが、検査だ。
 
日本だと、手術予定の患者が入院すると、
「術前セット」なるものがあり、
電子カルテでワンクリックすれば、ズラリと検査オーダーが並ぶ。
術後1日目、3日目、とルーチンで検査する。
 
でもこっちは違う。
全身麻酔のための胸部レントゲンも症状がなければ撮らない。
血液検査も画像検査も、最小限に食い止められる。
ルーチン検査は存在しない。
臨床的に疑わしいとき、必要に応じて取る。
 
外来でもそうだ。
定期的に外来通院している患児がいた。
検査結果一覧を見ても、しばらく通っているのに、
レントゲン1枚すら取られていない。
 
「じゃ、2週間後に来たときに、レントゲン撮りましょうか」
 
オーダーの仕方を隣の部屋の同僚に聞きに行くと、
 
「なんでレントゲンを撮るの?その患者には本当に必要なの?」
 
いや、臨床的に強く疑ったわけではない。
ただ除外したい病気があったが、その病気を示唆する所見があったわけではない。
反論できず、結局レントゲンは保留にした。
日本ではこういう場合、間違いなくレントゲンは撮っていると話すと、
 
「この国では検査の域値は高いんだよ。理由はもちろんお金だ」
 
血液検査、レントゲン、全てお金がかかる。
日本の国民皆保険制度と異なり、保険でまかなわれる範囲は限られている。
 
検査が気軽にできないこの国で、頼るべきは自分の臨床能力だ。
 

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入院病棟に、ヒルシュスプルング病で手術をした11歳の女の子がいた。
腸管の神経が欠落していて、食べ物が肛門までたどり着かない。
治療法は、神経がない部分の腸管を切除する以外ない。
 
経過は順調だったが、術後5日目になって緑色嘔吐が2回あったと報告を受けた。
すぐに見に行くと、本人の症状はそこまでひどくはない。
バイタルサインも熱がやや高い程度。
嘔吐したこの日、術後初めての検査が行われた。
最小限の項目の血液検査と、腹部レントゲン。
低ナトリウム血症と炎症反応の上昇、著明な結腸の拡張を認めた。
 
この日は絶食にして経過観察の方針としたが、
次の日の朝に、術者である上級医が再手術を判断。
結果的に、吻合部の縫合不全と結腸壊死、小腸の内ヘルニアを認めた。
絶対に手術が必要な状態だった。
 
この子は毎日気をつけて診ていた。
振り返ってみて、もっと早く再手術の判断をできなかったのか、
悔やまれる症例だ。
 
限られた検査の中で、病歴と身体所見だけで、いかに病態を読み取るか。
医師としての本当の力が試される。
今までどれだけ自分が検査に頼っていたかを思い知らされた。